
開け放たれた窓の向こう、
紫陽花の葉に、雫が撥ねる音がした。
やわらかく、けれど突然に。
その音に少し遅れて、
窓辺の風鈴が一つ、鳴った。
風が吹いたのかどうか、
わからないほどの静けさの中で——
小さな音が、空気に輪を描いて消えていく。
鳴ったあとに残ったものが、
静かに部屋を満たしていた。
その音に乗って、
何かがふと
わたしの胸に触れてきた。
それは、昔縁日で買った風鈴だった。
賑やかに鳴っていた風鈴の群れの中から、
私はその一つを手にした。
たしか、隣で「これがいいね」と言った子と、
おそろいにしたのだったと思う。
どちらが先に選んだかも、
今ではもう定かではないけれど、
あの時、並んで歩いた屋台の灯りと、
頬にあたる夜風の感じだけは、なぜか鮮明に残っている。
甘酸っぱい。
その言葉が、いちばん近い。
けれど、それだけでもない。
言えなかった言葉も、
受け取らなかった気持ちも、
あの小さな風鈴の中にそっと閉じ込められていた気がする。
だから今、
それはただの風鈴ではない。
何も言わず、窓辺で揺れているだけで、
音の向こうから、
誰かの気配がそっと胸に触れてくる。