いつもの道を歩いていたら、
ふいに胸の奥に届くような、やさしい香りが風に混じっていた。
ああ、今年もこの香りに出会う季節になったんだ——
それだけで、少し肩の力が抜けて、深く息を吸い込みたくなる。
沈丁花。
小さな花なのに、
なぜこんなにも遠くから香りを届けてくるのだろう。
白と紅の、小さくて控えめな花。
けれどその香りは、どこか懐かしく、
あたたかい記憶の引き出しをそっと開けてくれるようで。
「沈丁花」という名前には、
香木の沈香と、丁子(クローブ)の香りの気配が込められているという。
その響きもまた、どこか遠い異国の物語のようで、
花のたたずまいにぴったりだと思った。
まだ空気は冷たく、風も頬に冷やりと触れるけれど、
香りだけが、ひと足早く春の訪れを告げていた。
季節は、ちゃんとめぐっている。
寒かった冬も、いつの間にか後ろ姿を遠ざけて、
また新しい時間が流れはじめている。
この香りを吸い込んだ「いま」を、忘れたくない。
変わっていく季節のなかで、
こうして心がふっと緩む瞬間を、
大切に抱きしめながら生きていたい。
春の足音は、花ではなく、香りでやってくる。
そして私は、今年もまた、
その香りに導かれて、春を見つけた。