ヴィムヴェンダース『PERFECT DAYS』感想|東京のトイレ清掃

忙しい日々の中で、ふと心を休めたくなるときがあります。
そんなとき観た『PERFECT DAYS』──公衆トイレ清掃員の平山(役所広司)が淡々と過ごす日々を描いた映画──は、私の心を深く静めてくれました。

派手な事件も、大きな声のやり取りもない。
繰り返される毎日の中に、小さな変化が訪れ、やがてそれが心を満たしていく。
その静けさはどこか懐かしく、温かいものでした。

そして思ったのです。
この感覚は、かつて小津安二郎の映画で味わったものと同じだ、と。

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ヴィム・ヴェンダースと小津安二郎|PERFECT DAYSと東京画

— 世界で最も純粋な映画作家を求めて —

『PERFECT DAYS』の監督、ヴィム・ヴェンダースは、ドイツを代表する映画作家。
彼は1983年、東京を訪れ、『東京画』というドキュメンタリーを制作しました。
小津安二郎の映画の舞台を歩き、関係者に会い、その世界の本質に触れようとした作品です。

ヴェンダースは小津を「世界で最も純粋な映画作家」と呼び、
その“沈黙”や“余白”の美学に深く共感していました。

小津映画の特徴|沈黙と余白が語るもの

— 語らないことで語る —

小津映画は、語らないことで物語を語ります。
沈黙や間(ま)、映されない空間の中に感情を託す。
登場人物の気持ちは台詞ではなく、茶の間の静けさや、誰もいない部屋の空気が語ります。

たとえば『お茶漬けの味』。
夫を疎ましく思っていた妻が、不在の中でふと愛情に気づく。
その感情は、長い沈黙と静かな空間の中にそっと置かれているのです。

『PERFECT DAYS』感想と考察|小津映画の影を追って

— 公衆トイレの日常に差し込む光 —

『PERFECT DAYS』の主人公・平山もまた、多くを語りません。
朝の光を浴びて顔を洗い、植木に水をやり、車で職場に向かう。
公衆トイレという限られた空間を清掃する日々。
同じ日常の繰り返しの中で、ほんの小さな出来事が、彼の世界を静かに変えていきます。

光の入り方や小道具の配置、動かないカメラ──
そこに漂うのは、小津映画と同じ“余白の美”でした。


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『パリ、テキサス』感想|沈黙が導く再生の旅

ヴェンダースの代表作のひとつ、『パリ、テキサス』もまた沈黙の映画です。
長い間行方不明だった男が、弟と旅をしながら失われた家族との再会を目指す物語。
荒野を歩く長い沈黙、車の窓から見える広大な風景、少ない言葉。
そこに流れるのは、言葉以上に雄弁な“間”と空気です。

『ベルリン・天使の詩』考察|観察者のまなざしと小津的距離感

『ベルリン・天使の詩』では、天使たちが人間の世界を静かに見つめています。
彼らは声をかけることも、出来事を変えることもせず、ただ寄り添うだけ。
小津映画のカメラもまた、人物に干渉せず、淡々と見守ります。
その“観察者の距離感”が、観客に深い安心感を与えるのです。

国境を越える静けさ|ヴェンダースと小津の対話

小津が描いた昭和の日本家族、ヴェンダースが描く現代東京の孤独な男、
アメリカの荒野を旅する兄弟、分断されたベルリンを見下ろす天使。
時代も国も物語も異なるのに、そこにある“静けさ”は同じです。

それは、人が生きるうえで欠かせない“間”であり、
語らないことで相手の心に触れるという、日本的感性が持つ普遍性です。

おわりに|あなたの静けさを探す旅へ

『PERFECT DAYS』を観たあと、小津映画を観返したくなりました。
そして、小津を観たあと、またヴェンダースの映画が観たくなる。
二人の監督は、時代も文化も越えて、静かな対話を続けています。

あなたにとっての“静けさ”の映画は何でしょうか。
その答えを探す旅は、きっと心を豊かにしてくれるはずです。