「ひよっこ」いよいよ東京に
朝の連続テレビ小説「ひよっこ」は、主人公みね子の東京生活が始まり、ドラマはいよいよ本格的に動き始めてきました。
登場人物も一気に増え、工場の女工さんをはじめ、賑やかになり、彩りもあざやかに、ますます面白くなってきました。
東京編で際立つのは、女工さん達が寝起きする寮の舎監を演じる、和久井映見さんの存在です。
どこか天然で、抜けているけれども、底抜けに明るく優しく、工場で失敗ばかりしているみね子に対して、常に
「大丈夫、大丈夫」と笑顔で声をかけ、包み込んでいます。
しかし、明るさの裏には重い過去を背負っています。
戦争で愛する人を失い、孤独を乗り越えて明るく生きようとしている人物であることが、今日の放送で、明らかになりました。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、明るく前を向き、工場の若い子たちを優しく見守っています。
このドラマに通奏低音のように流れている脚本の岡田惠和さんの温もりを感じます。
岡田脚本のドラマによく出演される、宮本信子さんが、間もなく本格的に登場してきますが、同じような救いの役割を担っているのでしょう。
宮本さんをはじめとする、レストランの人達。
どんな人間模様が繰り広げられるのか、期待が膨らみます。
明るさを見出す、朝ドラにふさわしいドラマ
「ひよっこ」は、戦後の復興から高度経済成長の中、新しく生まれ変わろうとする、力強い時代を描いています。
戦争という、決して癒されることのない苦しみを、皆内面に秘め、今日よりも明るい明日を信じていた時代。
どこかノスタルジックで懐かしい昭和の世界を描いています。
悲しい過去をちらっと見せても、しかし悲しい部分はすぐにしっかり蓋をして、明るいものを見ていこうとする、前向きな姿がベースのトーンになっています。
“とても辛いよ。でも悲しいものに目を向けていても仕方ないじやないか。
明るいものに目を向けて進んでいこうよ。”
そんな声が聞こえてくるようです。
ルノワール
すると、ふと私はルノワールの事を思い起こすのです。
ルノワールの絵といえば、身の回りの大切な人たちを、美しく、夢の世界のように描いています。
私が以前ルノワールに抱いていた印象は、醜いものには目を向けず、きれいなものだけで飾ろうとする、どこか貴族的なものを感じていました。
世の中そんな美しいものじゃないさと、何となく距離を置いていたのです。
有名な「ムーラン・ド・ラギャレットの舞踏会」。
木漏れ日の中で幸せそうに踊る人々。
モンマルトルの有名な「ギャレットの風車」の名を持つダンスホールの一風景です。
幸せそうな大勢の人々が、美しい絵の中に描き出されていますが、実はこの絵が描かれるほんのしばらく前に、この地では、大きな悲劇があったのです。
絵の背景にある、そんな事実を、私は知るよしもなく、勝手なイメージをルノワールに抱いていたのです。
ルノワールの思い
絵の描かれるわずかばかり前に、血で血を洗う戦争があったのです。
フランスはプロイセンと普仏戦争で戦いました。
この戦争でフランスは大勢の犠牲者を出しました。
しかも、さらに戦争の直後、モンマルトルはプロレタリア独裁を叫ぶパリ・コミューンの軍事拠点となり、パリは内戦と化したのです。
この戦いから逃れる為、大勢の人たちはパリから避難しましたが、しかしそんな中にあって、ルノワールはパリを動かず、絵を描き続けていました。
そんなある日、ルノワールはスパイの嫌疑で革命軍に捉えられ、あわや銃殺というところまでいったのです。
偶々、革命軍の指導者に知り合いがいたことで、かろうじて命が救われました。
血の一週間と呼ばれるその間、実に3万人もの信じられないほどの人々が亡くなり、遺体がモンマルトルに並んだのです。。
そんな中、さらに追い打ちをかけるような知らせがルノワールに舞い込みます。
無二の友人、画家のバジールが普仏戦争で亡くなったという悲報でした。
バジールは裕福な家に育ち、ルノワールを印象派の世界に導き、経済的にも貧しいルノワールを支援しました。
単なる親友ではなく、ルノワールを世に出し、後世に名を残させた大恩人でもあるのです。
バジールの死はルノワールに大変大きな衝撃を与えました。
この絵、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」はそれからわずか5年後の姿なのです。
まだ傷跡が残るモンマルトルの姿なのです。
当然まだ心に傷跡が生々しく残っていたであろうルノワールが、この幸せに満ちた絵を描いたのです。
絵の中には、悲劇的な姿は微塵も見られません。
よく見ると、カンカン帽をかぶった人が幾人も描かれています。
この帽子は、かろうじて悲劇の記憶を刻んでいるのです。
ルノワールは、モンマルトルに、恵まれない子供たちを世話する施設を作る資金を集める為、ダンスホールを貸切ってチャリティーを呼びかけました。
そして、当時流行していたカンカン帽を参加者にプレゼントしたのです。
絵に描かれているカンカン帽には、さりげなく悲劇の断片が垣間見えるのです。
ルノワールは言っています。
“私にとって絵とは、好ましく楽しくきれいなものでなければいけないんだ。
人生には不愉快なことが沢山ある。
だからこれ以上不愉快なものをつくる必要がないんだ。”
「ひよっこ」の話から、大きく飛躍してしまいましたが、このドラマ作品とルノワールには、何か通底するものを感じるのです。
スポンサーリンク